再発足当時の活動状況


約10年間に及ぶ苦難と忍耐の時代を経て、国際ロータリーへの復帰を果たすと、おりからの朝鮮特需でわが国の経済復興が急速に進展し、全国各地でロータリーの活動が盛んになった。盛岡においても同様で、会員各自のロータリアンとしての活動が活発に行われた。1951年 (昭和26年) 4月、東京(上野精養軒) で開かれた地区年次大会には、安彦要ほか19名が出席して各地のロータリアンと親交の機会をもった。新入会員の増強も活発で、再発足した昭和25年度に6名、26年度に8名、27年度に3名というぐあいに新入会員が増えた。一方、昭和26年4月、再承認時の会長をつとめた小泉多三郎が第13代盛岡市長に当選したほか、第14代市長 (二見直三)、第15代市長 (山本弥之助) と連続して当クラブの会員中から盛岡市長が誕生した。
盛岡ロータリークラブの事務所に残っている最も古い年次報告書 (昭和26年度のものと推定) によれば、当時の活動状況は以下のように記録されている。(抜粋)
一般報告
入会金 3,600円、会費月額 1,000円。例会は木曜日12時半に開かれ1時半に終わる。
ビジターの数はあまり多くないが、丁寧に歓迎している。ビジターの食費は 200円。
会場はいくぶん狭いが不十分なものではない。食事および接待は適当である。
会務活動委員会報告書 (池野権治)
各種委員会はだいたいにおいてロータリーインターナショナルより推奨されておる組織を有しておるが、当クラブは比較的規模が小さいのでいくぶん簡略にしておる。
・出席奨励委員
7月よりテーブルコンテストを計画実施し、7月以降出席率は相当向上した。
・職業分類委員
会員を有せざる職業分類のリストが作成され、今後の会員増加の計画がたてられておる。
・雑誌及び情報委員
クラブブリテンが発行されており、それにより会員は会の計画、各種ニュース、出席状況等を知ることができ、ロータリー教育の一助になっておる。
雑誌 「ロータリアン」 の購読を奨励し、現在7名が購読しておる。
新入会員には各種パンフレットや 「奉仕こそ我が務め」 等を配布しておる。
・親睦委員
会員の誕生日や特別の際には記念品が贈呈されておる。家族会はすでに1回開催され、今年度中に2,3回開催の計画を有しておる。会員のみの特別会合も計画されておる。
・プログラム委員
月の内3回はスピーカーが招かれる。スピーカーは全会員の協力により、選ばれておる。
・メンバーシップ委員
当クラブにはメンバーシップ委員はいないので、推薦された会員は直接理事会において研究銓衡される。新会員の銓衡はとくに若い人に重点が向けられており、当クラブの平均年齢は48歳5ヶ月である。
国際奉仕委員会 (安彦要)
進駐軍将兵およびその家族を当会の会合に招待することを常としている。
当クラブ員はつねに進駐軍将兵とゴルフやハンティングを通じて、国際奉仕につくしている。
本年8月当市においてユネスコ国際学生年が挙行されるに際し、慰問品を贈呈す。
職業奉仕委員会報告書 (村井定助)
養老院、母子寮、孤児院に古書籍、古雑誌を寄贈した。
会員関四郎君は岩手山より八幡平に至る登山コースを開き道標を寄付し、スキー奨励のためヒュッテを建設した。
社会奉仕委員会 (佐藤庄兵衛)
道路清掃を毎朝行っている学童の団体を表彰した。
働く青少年のための教育機関としての夜間経済大学設立の運動に後援中である。
家族会
1952年 (昭和27年) 6月26日、南部邸で行われた家族会



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