創立40周年記念式典  あいつぐ重要行事


東京国際大会
1978年 (昭和53年) 5月14日から
開催の東京国際大会
石油ショックと、それに続いておきた国際社会の変動は、さまざまなレッテルを時代にかぶせた。いわく省エネ時代。いわく低経済成長時代。いわく不確実性の時代、そして世間では、ジョギングブーム、カラオケブーム、パソコンブームなどの社会現象が話題をあつめ、サラ金地獄、校内暴力などの暗いニュースがマスコミをにぎわせた。
ロータリーは、この揺れうごく時代のなかで奉仕活動に重点をおき、会員増強、財団寄付、交換学生などに積極的な対応をしめした。1977−78年度からは、クラブ区域の相互のりいれが可能となり、分割してつくられたクラブでも、親クラブと区域を共有する道がひらかれ、会員増強にはずみがつき、新しい充実と拡大の時代をむかえた。1977−78年度から、日本の地区番号は200番台に変更され、宮城・岩手はこれまでの第352地区から第252地区にかわり、全国22地区となった。
1978年5月の東京国際大会の終了後創立40周年に向かってあわただしい1年がはじまった。第579地区よりロータリーの翼・テキサスチームの来盛 (7月13日) 、岩手北部インターシティーゼネラルフォーラムの主催 (9月15日自治会館)、第575地区より研究交換グループ・オクラホマチームの来盛 (10月9日) という地区の重要な行事があいつぐなかで、その準備がすすめられた。
こうして実行委員会を中心に、何度も打ち合わせ会をつみかさね、創立40周年記念式典は1979年 (昭和54年) 2月23日、盛大に挙行された。会場の盛岡グランドホテルには、当クラブ創設の産婆役を果たした東京RCの柏原孫左衛門、渋谷澄の両氏が恒例を意とせずに姿を見せたほか、歴代のパストガバナーをはじめ、70余名の来賓の方々が出席した。また当クラブの会員93名全員が登録して、クラブの充実ぶりをしめした。

40周年記念式典



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