陽はまた昇る  南部ガバナー就任


南部ガバナー 1995年7月、南部利昭ガバナーが誕生した。佐藤武夫氏、村井源一氏に次いで、29年ぶりに、クラブとしては三人目のガバナーの誕生であった。
そしてガバナーの誕生が、クラブをさらに大きく変容させていった。南部ガバナーの「会員増強」の掛け声は、文字どおり会員増強を実現させ、「出席率の向上」の掛け声は、悲願であった出席率の向上を現実のものとした。
このように、南部ガバナー年度の前後3年は、クラブのエネルギーがかつて無いほどに結集され、大所帯にありがちな散漫さもなく、奉仕活動も活発化し、南部ガバナーの指し示す方向へすべての活動が発揚されたのであった。
その意味でも、周年行事とは違った、60年の歴史の中でのクラブの大きな節目であった。 
以後3年を経て、2520地区では1999−2000年度のガバナーノミニーが残念ながら選出されず、南部ガバナーの再任となった。
「空白は許されない」という南部ガバナーの責任感からの就任である。クラブの長い歩みの中で、折々訪れる曲がり角。しかし、一陣の風が吹けば、たちまち全会員が一致して力を合わせるのも盛岡クラブであり、新たな風を受け、陽はまた昇るのである。

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